湘南・江ノ島、昭和の夏。片瀬海岸は海水浴客でごった返している。小学6年生の西宮なぎさ(松田まどか)は、4年前に漁師の父を台風で亡くし、居酒屋を営む母の正子(片桐夕子)との二人暮らしだ。夏休み前日、バカンスの始まりに胸を弾ませながら、下校するなり親友・典子(吉木誉絵)と約束していた岩場にまっしぐら。地元の者しか知らないとっておきの穴場は、水泳が得意な彼女のお気に入りの場所だった。だが典子にすっぽかされ、代わりに見かけない色白の少年が…。ノゾキだこいつ! となぎさが睨みつけると慌てて逃げ去った。それが竹脇洋(佐々木和徳)との初めての出会いだった。翌日も、洋の姿は砂浜で見かけられた。東京から避暑に来ていた彼は、単に漂着物の収集をしていたのだ。
なぎさ達の幼なじみで東京の私学に通う桑島真美(稲坂亜里沙)も帰省してきていた。真美は桑島ホテルの一人娘。なぎさ達とは育ちも違う上流家庭の女の子だ。すっかり大人びてアカ抜けた真美に反発を覚えるなぎさ。羨ましさとは裏腹に、真美の前ではどうしても素直にふるまえない…。そんななぎさに、吉岡のおばちゃん(根岸季衣)から海の家のバイトの口がかかる。前々からレコードプレーヤーが欲しくてたまらない彼女には、願ってもない稼ぎ口だ。翌日から早速、配膳のバイトに精を出し始めた。仕事の後も、岩場での大好きな泳ぎは欠かさなかった。なぎさは、やがてそこで、親しくなった洋に泳ぎを教えてやるようになった。ひ弱な洋は全く泳げなかったのだ。
ある日、吉岡のおばちゃんの家出娘・従姉の麗子ちゃん(松本智代美)が突然帰宅した。アメ車を乗り回す恋人のタツヤ(島村勝)と一緒だ。不良娘の麗子にはいつも驚かされることばかり。帰って来るといきなり海の家を手伝い始めた。そして、この世で一番肝腎なものはときめくハートなんだと、なぎさにとっておきのアドバイスをするのだった。
海の家でのバイトにも慣れた頃、真美と典子が冷やかし半分に訪れた。なぎさは逆に、麗子風の“不良ファッション”を見せびらかしたり、さらに悪ノリして、麗子を迎えに来たタツヤの車にも同乗し、二人の意表を突いて見返してやった…。
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そんな真美との関係にやがて変化が訪れた。きっかけは、電器屋でお目当てのプレーヤーを争った時、なぎさに優先権を譲ってくれたことだった。以来、真美とは打ち解けて、一緒に水族館に行ったり、桑島家の方にもしばしば遊びに行くようになった。なぎさは、母が昔ホテルで働いていた頃、真美の母・澄子(芦川よしみ)とライバル関係にあったことを知らされた。そして、娘の私達が入れ替わったら…というゲームなどに付き合わされ、真美にまんまと一杯食わされる。気まぐれ娘の他愛ない悪戯だと解っていても、なぎさには面白くなかった。そんな時、麗子から不良仲間の浜辺のナイト・パーティに誘われた。憂さ晴らしに嬉々としてOKするなぎさ。ブルーな気分も吹っ飛んだ。
一方、洋は自主トレで少しだけ泳ぎが巧くなっていた。この分では向こう側に見える岩まであと一息だ。ご褒美にそっとキスをしてやるなぎさ。典子と観た洋画を真似たウソんこのキスだ。ぽかんとする洋への照れ隠しに海に飛び込んだ。なぎさは意を決して美容院で不良っぽい髪型に変えてもらい、浜のパーティに出かけた。麗子はタツヤと喧嘩して現れなかった。が、実は遅れてやって来て、こっそり焚き火の方を窺っていたのだ。気まずそうな二人。だがそのうち、なぎさの髪型の話題が仲直りのきっかけを作った。パーティは酒も入って異常に盛り上がり、みんなで踊りまくった。
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少し眠ってしまってなぎさが目を覚ますと、折しもチークタイムで、抱き合う麗子とタツヤがお熱いキスの真最中…映画ではない本物のキスだ! タツヤにちょっぴり憧れてたなぎさは、気を利かせてそっとその場を離れた。とその時突然、天から流れ星が流れ落ちたような気がした。波打ち際で光る緑色の小石を拾い上げるなぎさ。何てことのないガラス片だけど、洋の漂着物のコレクションに加えてあげたくなった。
なぎさは洋に会う前に、散髪屋で髪型を元通りに戻した。そして、緑のガラス片を手に、喜ぶ洋の顔を想像しながら、足取りも軽く岩場を目指した。どこかで救急車のサイレン音が聞こえていた。いつもはほとんど誰もいない岩場の方角の辺りだ。嫌な予感がして走り出した。「東京の男の子だ、どうもダメだな、ありゃ」駆けてきた神主(柄本明)がそう教えてくれた。洋が溺れたらしいと解った瞬間、なぎさの顔から血の気が引いて気を失った。
二週間後、なぎさは海の家の店仕舞いを手伝った。そこへ、一人の紳士がなぎさを訪ねて来た。――洋の父・竹脇宗徳(石丸謙二郎)だった。竹脇は持参した洋の漂着物の収集箱をなぎさに見せてくれた。格子に仕切られ、几帳面に日毎の一番気に入った物が入れられていた。一つだけ空白の枡があり、その日は本当に嬉しそうだったのに、と竹脇は不思議がる。なぎさは、あッ! と思い当たった。初めて岩場で洋にキスをしたあの日だ。きっとその時の思い出を詰めたに違いない…なぎさは、ポケットから緑色のガラス片を取り出すと、空白の枡の中にそっと入れてやるのだった。
あてもなく波打ち際を歩くなぎさ…。ラウド・スピーカーからザ・ピーナッツの『恋のバカンス』が唐突に鳴り渡った。この夏、なぎさ達がよく歌った曲だった。明るい歌声なのになぜだか無性に涙がこぼれ落ちてくる。なぎさだけを置き去りにして、夏がもうすぐ終わろうとしていた。なぎさは念願のレコードプレーヤーを遂に獲得した。そして、岩場で晩夏の陽ざしを浴びながら、夏休み最後の泳ぎを典子と存分に楽しむのだった。(終)
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